駆除対象だった私。運命を選ぶという選択。

こんばんは。烏丸です。

さて、八月八日のライオンゲートの門がひらいてから

高熱を何度もだし、そして過去のトラウマに向き合うことも

何度かあったと書きました。

んで唐突ですが私ね、今はないけど生まれつき、目と目の間

丁度中心に一センチ以上のダイヤ型のおおきな黒子、というかほぼ

疣があったんですが

やっぱ場所が場所だけにとても目立ち

通行人とすれ違うだけでも奇異の目で見られたりとか普通にありました。

向こうから通行人がくる、ああ、私の顔見てなんか思っているな、と

そんなことは日常茶飯事。16歳までですね。

ちなみにこれが理由でいじめにあうってことは特にはなかったんです。

もちろん小学生時代などとくに男子に馬鹿にされたりしましたが

攻撃くらったらやり返していたし、なんか言われれば言い返していた。

それよりも、大人の反応のほうが残酷だったりして。指差して笑うのは子供じゃなくて良い年した大人だったりしたんですよ。あからさまに奇異の目をした大人たちに囲まれてじろじろみられたこともあり、その時親は隣にいましたが

助けてもらえなかった。あの人たち、子供みたいにじろじろみてたねーと笑ってそれで終了で、これは子供心にとても悲しい気持ちだったのを覚えています。

親はまわりに、女の子だしこれは手術して取ったほうがいいんじゃないのかなど

いわれていたと思うんですが

目立つし特別な感じがするし、だの生まれつきのことだし気にする必要はないだろうとかいう考えで手術は反対していました。

しかし私も年頃になってくると、おしゃれしようがこの黒子が悪目立ちして

これさえなければ、、みたいな気持ちになってしまうし

あと、容姿は当時はまあまあ良いほうだったので、、あくまで当時、田舎ではな。

おしい!みたいな気持ちもあり。


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周囲も同じこと思っているし、言われる。それは私も同意。悲しいな。

これ、とれればいいのに。私は別に特別感とかそういうのはいらなくて

ただ普通に自然に生きて生きたいだけ。普通におしゃれしてさ。。

もちろん親からもらった身体に、、とかいう考えもわかるし

こんなん気にするのは心が弱いから、もっと堂々としろっていうのも正論だと思う。だけどさ、、

いろいろ自分に、言い聞かせて励まして、こういう黒子とか気にしない

ようは外見で人を判断せず内面で判断するようなとても素敵な人とめぐりあえるかもしれないから内面磨こうとかさ。


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でもやっぱそれ、きつくて夜一人泣いてしまうこともありました。13歳から15歳くらいの話でしょうか。

この時期実家でやっている会社にトラブルがあり

一千万の借金が発生もしてしまった時期だったので、安易に手術したいなんていえない状況。それでも我慢できず泣きながら

これをとりたい、と訴えると、自分で剥ぎ取って死ねばいいといわれ

そんな日々が続きましたが、、いちおう新聞配達でもしてバイトして手術代かせぐことも考えましたが、バイトは許されずとにかく勉強しろのうちでもあり

それは無理でした。

16歳になって実家の会社も落ち着き、借金もだいぶ終ったころかな?

突然、たぶん親戚内で力のある人間〔病院関係者〕に親も言われたんだろう。

手術して取ろうといわれ

二度手術して取ることができました。

なぜ二度かというと、一度とって、色素がまだ残っていたので

それを取り去るために二度。それでもまだ今多少痕は残っていますが

ファンデで隠れる程度。私の鼻の付け根が若干今もえぐれているのは

この手術が理由です。

もちろん手術後は気持ちも明るくなり

普通に恋愛したり。。。

小学校中学校時代の同級生には、あの子整形したんだよなんて陰口もたたかれたりもしましたが、そんなんチャラになるくらいの喜び。

しかしね、、

実家での虐待は激化していきました。

私ね、近年になってようやく気がついたのは

私が取り去りたかった、そして取り去った大きな黒子は

家庭内の私とよく似ている存在だったんだと。

この子さえいなければ、、自分の子供だけどどうしても受け入れられない、

みたいなそんな気持ちを親がもっていたのを

多少子供心に気がついていましたし

事実そうだったと思います。いや、事実そうなんです。

私はわりと変わった子供でしたし、その変わっている部分に親は、生理的嫌悪感を持っていたということ。大阪や東京に逃亡してからは

大都会では別に変わっている風でもなく、個性的なひとはいっぱいいるし

しかもSMクラブの女王もやってたからさ、変わってて個性的なひとだらけの環境にもぐりこんで働く経験もできたし

気にすることもないんだ、と思えるようになりましたが。

虐待をうけ、これはたぶん悪しきもの、いらない存在害悪な存在を駆除する感覚だったんだな、と大人になってから気がつき。

血のつながった自分の子供を駆除対象にみてしまう

その感覚に親も苦しんだとは思います。

自分という存在がいなければ、この家は幸せにまわるかもしれない、という気持ちもありそれなのに、おなかが空いてご飯が食べたいと思う自分はなんてずうずうしいんだろうと自傷が始まり、また数年後エスカレートし自殺を何度か試み騒ぎになり、自殺は失敗し笑いのネタになってしまいます。

いらない遺伝子は排除しなくてはいけない。

これは生物的な本能からきているのかもしれないし

血のつながった子供は無条件に愛すべき存在というのが

それは自分の心にうそを付かなければできない行為である、ただの重い責任、ときにその責任が憎悪に変化し苦しみが深くなっていくばかり


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そんな矛盾を生物的本能は生み出してしまうことがあるんでしょうね。子供の

虐待。

周りのことを考えればやはり私はここから消えたほうが良い、という私が何度も選んできた選択の背景。これは自己犠牲ではなく、生まれもって、生まれつき持っていたもの、これは肉体、生まれもっての性別やもちろん肉親、生まれ故郷の場所なんかもそうですが

宿命的なもの。しかしそれが気に入らないのであれば宿命はかえられないが

運命は変えられる。我慢なんてする必要ない。耐えるのが美徳なんて思うのは古い。知恵と智慧と経験をもって宿命からくる苦痛から私も親も自由になりたいはずだしこれは決して暗いことではないと。

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さて、駆除されてきたがわはどうなるのか?

これは私が幼稚園時代につくった紙芝居の話にすでに答えがあると感じます。

https://karasumakyoko.jp/blog-entry-114.html

きっといろいろ未来のことを察知して、こんな紙芝居を作ったんでしょうね。

とても変わった子供でしたから。

結論。生まれもっての宿命は変えられないが運命は変えられる。

たとえるならば宿命は生まれつきの頭皮の毛穴数。

運命は毛髪量と毛流れ。努力次第で変えられるし

その努力には失敗や苦しみ葛藤が付き物だが、その苦しみは個々のエランビタールからきているものだと知れば、憎悪葛藤から、、それが自分がうけた虐待であっても、あくまで私の場合ですけどね、、それでも、救われることもあるんじゃないだろうか?